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🩺 院長のちょっと聞いて!
「自分を犠牲にするのが美徳」なんて、誰が決めた?
──祐天寺で今日も毒づく、ゆうてんじ接骨院・院長より
どうも。
祐天寺で毎日“人の体のナゾ”と格闘している、ゆうてんじ接骨院の毒舌院長です。
この「毒づきブログ」を自ら開いたあなた、なかなかの勇者ですね。
その「現実から目を背けない姿勢」には、まず拍手を送っておきましょう。
【自分がやらねば誰がやる】という呪い
「私が頑張れば、丸く収まるから……」
そんな思い込みで、毎日ひたすら自分を削って頑張る生活。
それ、いつまで続けるつもりですか?
体力にも精神にも、きっちり「賞味期限」はありますよ。
昭和世代の方は、「自分が動けなくなったら子供や嫁が面倒を見るのが当然」と思っているフシがある。
そして、介護する側も「それが義務だ」と必死になり、自分を犠牲にしてボロボロになる。
祐天寺の街でも、そんな光景を本当によく目にします。
脳が麻痺する前に、その「ガタつき」を無視するな
身内の介護に追い詰められると、介護する側の自律神経はズタボロになります。
限界を超えているのに、相手に求められれば無理して応えてしまう。
その結果、脳は一種の「麻痺状態」に陥り、自分がどれだけ悲鳴を上げているかさえ分からなくなるんです。
いいですか、ここが一番怖いところ。
脳が麻痺すると、
体から出ている「ガタつき」のサインを感じないフリをし始めます。
私が言う「ガタつき」とは、
精密機械の歯車がズレて異音を立てているような状態のこと。
骨格が歪んで内臓を圧迫し、自律神経がショート寸前。
本来の機能がバラバラに動いている不自然な状態です。
「まだ動ける」んじゃない。「壊れていることに気づけない」だけ。
そのまま放置すれば、ある日突然、糸が切れたように体が動かなくなります。
健康を維持したいなら、体がボロボロになって動けなくなる「前」に、そのガタつきを微調整して、本来の回転を取り戻すメンテナンスが不可欠です。
車だって、異音がしているのに走り続けるバカはいませんよね?
自分の体を「使い捨て」にするのは、もうやめなさい。
日本の「無理させない」が、寝たきりを作る
特に50〜60代の女性は過酷です。
自分の人生を楽しもうと思った矢先、義理の両親や実の両親の介護が一気に押し寄せる。
20代の頃には想像もしなかった、自由も余暇もない「翻弄される日々」の幕開けです。
認知症、半身不随、寝たきり……今の日本では「当たり前」の光景ですが、
海外に目を向ければ、もっと「自分で何とかさせる」生きる力を重視する国もあります。
日本特有の「無理をさせない」という過保護な習慣。
これが曲者なんです。
良かれと思って手出しをしすぎるから、本人の体はどんどん衰える。
さらに「病気にさせない」という名目で過剰に除菌し、クスリやワクチンに頼り切る。
その結果はどうですか?
自分で動く力を奪い、かえって「健康」から遠ざかっているようにしか見えません。
共倒れする前に、まず「自分」を立て直せ
人間は「動物」であって、動くことでしか生命を維持できません。
介護する側が精神的に限界を迎えて錯乱すれば、事件事故だって起こりうる。
だからこそ、何歳になっても「自分の体は自分で何とかする」という気概が必要なんです。
人に甘えて生きるより、死ぬまで自分の足で立つ方法を考えませんか。
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食事は「足し算」ではなく「引き算」。「長生きに良い」と言われるものを詰め込むのではなく、必要なものを少量だけ摂り、不自然な添加物を徹底的に削ぎ落とす。
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メンテナンスは「予防」がすべて。 足腰が動かなくなる前に、脳と神経が正常に働くように体を整えること。
人に迷惑をかけたくないなら、まずは自分自身の体の小さなサインに敏感になってください。
その不自然な食べ物、その「自分を殺す習慣」が、あなたの体を内側から虫食んでいくことをお忘れなく。
💬 今日のまとめ
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脳が麻痺して「痛み」を感じなくなったら末期。その前に調整せよ。
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日本の「無理させない文化」が寝たきり予備軍を量産している。
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介護で共倒れしたければ、今のまま自分の体を放置すればいい。
💣 院長の一言
「優しさ」と「自己犠牲」は別物だ。自分が倒れたら、誰がその面倒を見るんだ!?
今日も最後まで読んでくれて、ありがとうございます。
「もう限界かも」と脳が麻痺する前に、祐天寺で待っていますよ。
— ゆうてんじ接骨院 院長
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